悪意のコロナ差別・・その現状

コロナ禍

2020年7月29日新型コロナウィルスの感染者数で国内唯一ゼロだった岩手県から初めて2名の感染者が出ました。

岩手県の達増拓也知事は、感染者数ゼロが続く中で「(陽性)第1号になっても県はその人を責めません」として、異例の配慮を見せていました。

全く頭の下がる思いです。

コロナに感染したい人はいないわけなので、全く当たり前のことなのですが、その当たり前のことが理解できない人たちが山ほどいるというのも事実です。

新型コロナウィルスに感染して、PCR検査で陽性反応が出ると、個人を特定せず発表されるわけですが、発表される前から感染者が出たらしいという噂が広まり、その感染者の職場、自宅まで特定され、ついにはその個人まで特定されてしまい、SNSでの誹謗中傷のターゲットになります。

以下、報道された中からのピックアップです。

感染者中傷ビラ、カオ写真、実名入りで飲食店に

コロナ差別が全国に広がっている。その1つが、愛媛県今治市でばらまかれた30代男性感染者を中傷するビラだ。ビラは顔写真入りで「おい、〇〇(名前)!この顔に、ピンと来たらコロナ注意!」などと書かれ、地元の飲食店などの店先に置かれていた。

中傷被害にあった男性は23日(2020年7月)に陽性が判明。ビラは県が「30代男性が感染」と発表した24日当日にばらまかれた。〇〇〇〇の取材に男性は「見たときは絶望感というか、こんなことをされるのかと思った。なりたくてなったわけではないし、ちゃんと対策もしていたのに、犯罪者扱いされるのはどうなのか」と心境を語った。

   被害男性は入院中で快方に向かっているが、「退院してからのことは考えたくもない。小さい町ですので、これからどうしていこうかという感じです。体力的にも精神的にもしんどいです」と話す。また、差別被害は家族にも及んでいるという。

感染者宅の壁に「バカヤロー」SNSでは「家族が自殺した」広がるデマ、誹謗中傷

「石を投げて落書きするべき」。  インターネットの掲示板に書き込まれた心無い言葉。新型コロナ感染者の家族に対するデマや誹謗中傷です。 被害家族:「こういうことを、する人はするんだなと思った」  さらに、この書き込みが現実となり、直接的な被害もあったといいます。今月初め、自宅の壁に落書きを見つけました。 被害家族:「マジックで『バカヤロー』と書いてあった」  すぐに溶剤で落書きを消しましたが、家族は周りの目が気になって普段の行動ができなくなり、買い物は隣の市まで行くようになったといいます。症状が治り、退院した後も掲示板やSNSでは「居酒屋に飲みに行った」「感染者の家族は自殺した」など、嘘の情報が今も拡散されています。

ばい菌扱いされた感染者の悲劇

感染者の1人に、ある県の職員であった男性の話ですが、他県に行って夜の接待を伴う飲食店で感染したことが発覚し、不要不急の県境を越えての移動自粛がされている期間であったにもかかわらず、PCR検査で陽性になり感染が発覚したことから、感染者の自宅が特定され、個人も特定され、自宅には投石の嵐、心ないビラが貼られたりして、職場を退職、夫婦間では離婚が成立し、地域の人たちからは完全にばい菌扱いされ、一家離散、他県への引っ越しなどと言う悲惨な末路。

SNS上での罵詈雑言色々・・・

ダメ!投石! しかしながら富山でも同じようなことがあったとか… どうしようもなく、感染してしまった方には早く良くなって欲しいと思うが、中には明らかに不要不急の行動で感染!菌をばら撒いている人もいる。 そんな人は覚悟できてるんじゃないかな。

福井市開発5丁目の温浴施設「リライム」は、県内での感染が確認されて以降、ネットの掲示板に「感染者が出入りしている」「従業員が感染している」「隠さず、発表しろ」などと書き込まれた。

ある事業所の従業員と、従業員が接した顧客の陽性が複数判明。「コロナをまき散らしやがって」。電話口の男性にののしられた。「謝れ」「(従業員は)当然クビ」と強要され、顧客に危険が及ぶことを心配した。
 一連の感染の起点は繁華街の飲食店だったが、従業員は店を訪れたことがなく、酒も一切口にしない。濃厚接触の接点はそこではなかった。
 それでも「外出自粛をせず、飲み歩いている」と誤解された。電話口で説明しようとしても「開き直るな」と一方的に切られた。罵詈(ばり)雑言の主は皆、面識のない第三者とみられた。

感染者にも、落ち度があった場合があるとは思います。

でもあまりにもひどいバッシングではないでしょうか。

いざコロナウィルス感染者が近くにいたとして、避けたい気持ちはわかるし自粛要請中であるということを考えると、バッシングをしたい気持ちもわからないでもないです。

でもあまりにもひどくないでしょうか?

特にSNS上での誹謗中傷は目に余るものがあります。

人は、ばれなければ何でもしていいという思いが少なからずあると言えるかもしれません。

でもその思いを踏みとどまらせるのは、人間としての良心であるべきだと思います。

良心のかけらもないと言う人間は多分いません。

極悪非道な人間でも人を思う気持ち、人を憐れむ気持ちは少なからずあると信じたい。

時代が移り行く中、日本人の良心だけは変わらずに持ち続けて欲しいとおもうのは、私だけでしょうか。

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